ロッキー・ロメロが明かすアントニオ猪木とのエピソードや秘話

新日本プロレスの公式英語ポッドキャスト、エピソード7(2019年6月13日公開)にロッキー・ロメロがゲスト出演。収録はBOSJ26の後楽園3連戦の間に行われました。
  • BOSJは体力的にとてもキツいツアーだが、G1ほど日本全国を周る必要がないからまだマシだと思っている。
  • ロッキーは長い間この業界にいるのでかなり歳がいってると思われがちだが、実はそんなことはない。
  • ウィル・オスプレイとの対決は普段はシングルで活躍することがない自分がとても良い反応をもらえて嬉しかった。
  • 監督対決について。2人とも新日本に加入したのが同じ2002年だった。ロッキーはLA道場に、田口は新日本道場に加入した。
  • ロッキーはかつてUPWという団体で活動していた。そこからたくさんのレスラーがWWEに移籍していった。
  • ZERO-1にも挑戦したが、団体がジュニアを欲していなかった。
  • LA道場ではトレーニング以外にリングの設営などもしていた。
  • 元々LA道場は当時カリフォルニアのサンタモニカに住んでいたアントニオ猪木のパーソナルジムとして建てられたが、新人を育てた方がいいという新日本のアイデアでLA道場が生まれた。
  • 猪木のカリスマは凄かった。彼を知らないアメリカ人も必ず振り返る程だった。またロッキーは猪木のことを「自分が知る中で最も賢い人間の一人だろう。常に時代の先を読んでいる。でも当時は先を行き過ぎていてなかなか理解を得難かった。」と話している。
  • ロッキーはLAで猪木の運転手をしていた。
  • 猪木からビンタを食らったことは一度もない。
  • 最初の3年間、猪木は自分の名前すら知らないんじゃないかと思っていた。2005年になってブラックタイガーとして新日本のリングに上がったロッキー。すると深夜に猪木のマネージャーから一本の電話がかかってくる。「猪木が六本木で飲んでる。君に来て欲しいと言ってる。」と言われ、ロッキーはあまりにも驚いて「えーっと、僕はロッキーですけど?」と聞き返した。「もちろん分かってる。猪木が君を呼んでる。」と言われ、慌ててホテルを飛び出し六本木に向かった。ロッキーは酔っ払って上機嫌の猪木から「座って一緒に酒を飲もう」と誘われた。そこで猪木から葉巻を勧められ、一度も吸ったことがなかったが言われるがまま吸った。猪木から「お前は俺の一番の弟子だ」だと褒められた。2人はそこで初めて先輩と後輩のような関係でじっくりと話をした。
  • 猪木はイタリアで新日本の興行を開催した。試合カードにロッキーの名前はなかったが、猪木から直々に「お前も絶対にそこで闘うべきだ」と言われた。ロッキーは翌朝新日本からビザを取るためにパスポートを貸してくれと電話を受けた。そのイタリアツアーでロッキーは肩を負傷しその年のBOSJを欠場することに。
  • ロッキーの怪我を自分が治すと言い張る猪木は、大勢がいる中ロッキーにサポーターを外させた。トレーナーは不安そうに見守っていた。猪木は両手を合わせ数分の間擦った。そしてロッキーの肩に両手を置き、「治れ」と唱えた。猪木から「良くなってきただろ?」と聞かれたが、ロッキーは恥ずかしさのあまり何と答えたらいいのか分からず混乱。そうして猪木は5分間ロッキーの肩を擦り続た。猪木から「ほら、良くなっただろ?」と言われ丁重にお礼を言った。ロッキーは今でもその時の猪木はふざけてるのか真剣なのか分からないでいる。
  • メキシコのウルティモ・ドラゴンの道場でトレーニングを受けたロッキーは、ドラゴン・カップで当時若干16歳のオカダ・カズチカと対決。その後彼らは一緒にカリフォルニアのディズニーランドへ遊びに行った。
  • ロッキーは「またポッドキャストに出演したいし、まだまだもっと語れる」とのことで、今から次回の出演が楽しみ。

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